こんにちは
ちくま新書から出ている白石忠志先生による「法律の読み方がわかる本」(以下「本書」という。)を読了しましたので、読後の感想を残しておこうと思います。
さて、白石先生は、2024年に弘文堂から、「法律文章読本」を出されていました。こちらは、法律文書を分かりやすく、そして、正確に「書く」ことに軸足が置かれ、書くための標準的なルールや書き方指南が、法律実務家を中心に向けられ、この本自体が平易かつ正確に記載されていました。私も出版直後に一読し、社内研修でもリーディングリストに載せたりしていました。
「書く」ということについて、日々、法律に関わる人たちは、その営みを行っているところ、「読む」機会も日々あります。この「読む」ことに軸足があるのが、今回の書籍だと認識しています。
条文、特に法令等の条文を読むことについて、私自身、法規担当になるまで訓練を受けたことがありません。はてと、思い出してみると、学部入学直後、まだ実定法をやってみようという意欲があった頃は、教授陣が口酸っぱく「条文を読むこと。」「六法を引くこと。」を繰り返し言われていた記憶があります。とはいえ、どう読むのかということについて、体系的な講義を受けた記憶はありません。もちろん、不真面目な法学部生だったので、実定法の講義をほとんど受講していないから、かもしれません…
いずれにしても、読めといわれても、どう読むのか、このことを教えてもらわないと、いつまで経っても、自転車の補助輪は外れないでしょう。
一言でいうと、条文が既に存在しているとき、条文を作るための一定のルールも既に存在しているのです。そのルールこそ、立法のためのルール、法制執務です。
法律を読む人は、いつ法制執務の知識を学ぶのでしょうか?
私は就職後、法規担当になってからです。不真面目な法学部生だったからかもしれません。
では、実定法の講義を受け続けていれば、訓練を受けたといえるのか。私には、疑問が残ります。もちろん、条文に直接対峙し、読み込み、一定の解釈を導くという営み自体は、ゼミや学習の中でなされるでしょう。とはいえ、憲法や民法といった成り立ちが古いものと、最近立法されたものでは、今だからいえますが、内在的な読み方や解釈は全く異なるのではといいたくなるほど、それぞれの法学体系の中で独自発展している節も否定はできないのではと思います。
じゃあ、どうしたらいいのかというとき、法律の条文を作るに当たっては、法制執務というものがあって…ということになるのですが、狭義に解しても、広義に解しても、法制執務って、すぐに分かったといえるものでもなく、体系的になっているとはいえ、細かい部分は職人的な部分もあります。しかしながら、一定程度コンセンサスを得ているものもあり、そういった部分を学習し、条文を読むだけでも、条文を読む力というものは一気に上がるでしょう。そして、条文を起点にした条文解釈やこれを踏まえた主張というものも、より説得的なものになるでしょう。
私が一番強く共感した部分があります。白石先生は、本書23頁において、「既に法令の条文が存在し、それが改正されないことを前提」と述べられている部分があります。法典と呼ばれるものや憲法は最たるものですが、改正が非常に少ないです。憲法は日本国憲法としては改正されたことがありません。とはいえ、最近は民法改正が幾度もなされており、現代型の条文の書き方を踏まえて条文が規定されていることも少なくありません。
法律や条文を作る側からすれば、ルールは変わるものだよと。もちろん、立法事実を踏まえてね(政治のあれこれもある…)ということになるのですが、つまり、ルールというものは、動態的なものなんだよと。一方、これまでは、法律は変わらないもの、静的なものであるという大前提のもとに、法学というものが理解されてきたのかもしれません。
私個人的には、法制執務を学ぶことには2つの有用性があると考えています。ひとつは、条文の設計方法を理解することで、立法者が当該条文において何をルールとして定めたいのか、正確に把握することができるようになる。また、もうひとつは、ルールを作るという場面において、一定のルールに従って、体系的な、あるいは、整合的なルール・規程を作ることができるようになる、ということです。
本書においても、はじめにの4頁において国や地方の行政部門にいる自分で条文を書くプロについて言及があります。
本書のねらいは、一言でいうと、立法者がどのように条文を書いているのか、そのときに参照する一定のルールである法制執務の知識を得て、よりよく法律の条文を読めるようになろう、ということかと思います。
私自身、対内的にも対外的にも、時には、弁護士や大学の先生といった方々に、この条文はそのようには読みません・読めませんで…とお述べする機会があります。また、条文解釈を、完全にクリアにすることは出来なくても、一定の解釈を示すことで、事業部の問題解決や懸念の払拭に協力するということは日常茶飯事です。
あるいは、不動産に関する契約を締結するときに条文の解釈を双方で確認し、実際に、トラブルが発生したときに、条文に基づいて権利を行使した…なんてこともあります。トラブルが発生した場合は、○○をするのはあなたたちですよね?と確認したこともあります。
作り方を知ることで、よりよく読めるようになる。
では、本書はこれに資するのか?
全くもって、イエスであると思います。
全体として、非常に平易に書かれている上に、細かい点は一度おいておいたり、質問・答えのコーナーで解説したり、様々な分野での個別的なルールがあることも丁寧に、それはもう丁寧に述べられつつ、読者を独善的な読み方をしないように、導いてくれます。対象は法律を扱うようになった実務家や資格試験を受ける人などを対象にしているかもしれませんが、法学入門の入門として、読んでみてもいいかもしれません。
ただ、私は、こういうことをいうと荒れがちですが、玄人にこそ読んで欲しいなと思います。読み流すことなく。資格を持っていること、学者であること、そういったことは、法律を読める能力を持っている担保があるとしても、法律を読むための知識を体系的に身につけているとは言い切れないと思います。
大事なことは、ダメです!ということではなくて、イチから学びましょうってことでもなくて、作るときに・読むときに、一定のルールがあって、ブラックボックスではないんですよ、ということです。
いろんな分野、私はかつて宇宙と呼びました。
houjicha-juris.hatenadiary.com
いろんな分野で、独自ルールもあるかと思いますし、個人的なルールもあるでしょう。とはいえ、一定のルールが、法制執務というものがあって、それを参照点にしながら、あるいは、それとの距離を自覚しながら、読み書きをするということが大切なのではないかと考えています。
その意味で、必ずしも明示的ではありませんが、本書の射程は相当に広範囲にわたるものであり、法律を作るときには一定のルールがあるのでちょっと学んでみませんか、楽しいですよ?と、門戸を開いてくれている。そういう門戸が、新書というカタチで我々に開かれている。そのことについて、一読者として感謝したいくらいです。
本書を読んでいけば、条文からどう読めるか、その上で、どのように解釈を固めていくか、ルールを踏まえて読むとはどういうことか、ということの理解を深めることができるでしょう。
法制執務とはパッとは明記されていませんが、本書は法制執務の入門書です。
かたくるしくなくてよいです。著者のスポーツを題材にした記述や小ネタなど、非常にユーモラスな部分も楽しみながら、頭からぐいぐい読み進められると思います。
私は、社内で若手にこそ、読んで欲しいなと思いますし、上記のとおり、条文の読み方が分からないなら、まず一冊本書を読んでみませんか?と、今後は勧めていきたいと思います。
やや批判めいたことを申し訳程度に添えるとしたら、非常に説明が簡潔である一方で、もうちょっと説明が欲しい…と感じる初学者はいるかもしれません。
本書を読めば…ということではなくて、例えば、以下のような書籍を続けて読んだり、あるいは、読了した後に本書を手に取るということがいいと思います。最初から、法制執務詳解やワークブックに手を出す必要はありません。少なくとも、本書はそういったものを読まなくても、これらの書籍に読み進められるように、あるいは、最低限の知識が身につくように、舗装路が作られています。安心して読み進めて大丈夫と、法規担当出身の私は感じています。
・薄くてお勧めの薄い本
・自治体の人は黙ってこれを読んでください。これも薄い本
上記で少し触れましたが、法人、自治会といった組織も会則や様々な規程を作ります。そういったものは、実は構成員の同意をもって成立したルールなんですね。こういったものとつくることにこそ、市民社会で法制執務が有用なのではと、最近考えています。
法制執務は、官のものと思われがちですが、そうではありません。法律は、国民の代表から選ばれた議員から構成される議会の議決を得て、官報による公布を経て施行されます。よく、法律は国民のものといわれます。それを作るルールも、法制執務も国民のものだと思っています。この国の法の根幹を支えるものです。
法制執務自体も動態的です。もちろん、意味の分からない使われ方を省令レベルでは観測しますが…法制執務についても、民主的である、国民にとって分かりやすいものであることは重要です。もちろん、改正方法、つまり、改め文方式の是非もその観点から語られるべきでしょう。とはいいつつ、法的安定性や厳密さを担保するものも、法制執務です。この点、緊張関係やトレードオフが存在することを自覚していくことも、法制執務を用いる者がより自覚的になるべきかなと思うこともあります。
いろいろ述べましたが、楽しい(そして、ときたまそうは読まん…という気持ちになれる)法制執務を一緒に学びましょう!役立てましょう!
